その恋こそが永遠と信じて

I fall in love too easily 

I fall in love too fast 

I fall in love too terribly hard

For love to ever last 

僕はいとも簡単に恋に落ちてしまう

あまりに早く落ちてしまう

とても深く激しく

その恋こそが永遠と信じて

 

チェット・ベイカーのI fall in love too easilyを聴きながら、僕は電車に乗って大学に向かう。

窓の外にはいつもエメラルド色の海が広がり、綿菓子の切れ端みたいな雲の下を茶色いトンビたちが飛び交う。トンビたちはとても狡猾で、隙さえあれば海辺を歩く人達の元に音もなく一直線に降下し、その手元からパンやおにぎりをひったくって飛び去っていく。僕も何度かとられたことがあるが、その動作はあまりに素早いので、バサリと大きな音が耳元でして、空を見上げて下を見たときにはもうパンはない。

片道2時間かかる通学路を週に2回大学のために行き来する。前の学期には週4日通っていたが、あまりに疲れるので今学期は2日しか行かないように授業のスケジュールを調整した。残りの5日のうち、3日はバイトに入り、最後の2日は友達と酒を飲むか、一人で本を読んだりサウナに行ったりして過ごす。

最近は20世紀以降のアメリカの小説を読んでいる。ポール・オースターレイモンド・カーヴァー、そんなところか。そして英語を読むのに疲れると村上春樹を読む。本を読んでも人はどこへも到達しない。今いる孤独の淵にもう少し深く沈み込むだけだ。でもそれはそれで悪くない、と感じさせてくれることがある。だから僕は本を読むのだ。幸せな人間は本を読まないのかもしれない。

レトルトのライスを電子レンジで温めながら僕は考える。人と人が結びつくとは一体どういうことなのだろうかと。1000Wで1分間熱したレトルトライスは熱すぎるので、僕は箸で米の表面をほぐす。白く光るライスの表面からは薄く湯気が立ち昇る。米は消化が良く、手軽に炭水化物を補給するにはもってこいの食材だそうだ。巷には太るのが嫌なので米を食べないという連中がいるらしいが、僕は太るために米を無理にでも平らげる。

2年前ーあれはもう2年前のこと、いやたった2年しか経っていないのだー僕はアメリカにいた。スーパーマーケットに行くにも車で15分かかる、地方の小さな大学の寮に住んでいた。そこで出会った唯一の友達は生粋の大麻好きで、父親が家で自家栽培した大麻を頻繁に大学の寮に送ってもらっていた。パイプ、ジョイント、ベープ、大麻大麻でも色々な方法でトリップする方法があるらしい。僕は最初、一番負荷の少ないベープで大麻を吸わせてもらったのだが、吸っても吸っても違いが感じられなかったので、他の人が吸っているパイプを一口吸わせてもらった。ベープでは一切変化が感じられなかったので、たかを括って思い切り肺に吸い込むと、一瞬強大な何かに物理的に吹き飛ばされたようなインパクトがあり、気づいたときには僕は仰向けに草むらの上に倒れていた。そこから脳の中では無数に支離滅裂なイメージや色や感触が現れては消え、その夜は眠りにつくまで何度も吐き続けた。

僕の父親と母親はとても饒舌な人間で、それでいて本音の語り方を知らない人間たちだった。父親は何を話すにもどこか演技がかっていて、とても機嫌がいいか、とても機嫌が悪かった。そして酒を飲むとよく怒鳴り散らして暴れた。母親はすぐにヒステリーを起こし、そうでない時には黙って家事をした。数えきれないほど二人には殴られ、怒鳴られたが、それに対してかけられた印象に残るような温かい言葉はほとんどない。僕が最も父親に近接できたように感じたのは、中学の時、ある些細なミスから両親に大きな迷惑をかけたときだ。内容は大したことじゃない。でもとにかくその時うちには全然金がなくて、僕の起こしたミスから両親は50万円を僕のために払わなければいけなかった。顔面蒼白で家に帰って、父親のいる寝室のドアを開けると、寝転がった父の後ろ姿が見えた。僕が消え入りそうな声で謝ると、父は不機嫌な声で「あっち行ってろ」と一言だけ言った。僕はすぐに部屋を去ったが、白いタンクトップから生えた父親の細い二の腕だけがずっと記憶に残った。