小石。
小石が大きな悪さを働いている。
濃い灰色の幾つか角のある、滑らかな小石が。
小石が悪さをしている。
昨夜からそこにある小石。
心の自然な流れを堰き止めている。
私の小石。
硬く黙りこくって、大切な人を傷つける小石。
私たち。どうしたらその小石を。
強く壁に叩きつけたら割れるだろうか。
小石。
小石が大きな悪さを働いている。
濃い灰色の幾つか角のある、滑らかな小石が。
小石が悪さをしている。
昨夜からそこにある小石。
心の自然な流れを堰き止めている。
私の小石。
硬く黙りこくって、大切な人を傷つける小石。
私たち。どうしたらその小石を。
強く壁に叩きつけたら割れるだろうか。
私たちが電話をかけているところ。
私たちがあの人に背を向けたところ。
道を分けて、会わなくなったところ。
それぞれの人生が離れ、交わらなくなったところ。
風の噂であなたが遠くの場所で暮らしを始めたと知ったところ。
風が遠くの香りを運んでやってきたところ。
この記事の膨大な読者層に切望された近況報告をするわけだけど、俺は社会人になったよ。あんなにぐちぐちとくだらない文句やら不安やらを呟くことしか能のなかった一介の大学生だった男が、どうやら社会人になったということ。もちろんまだぐちぐちと色々日記に向かって色んな文句やら暴言やらを吐いているらしいけれども、それでも社会人として少しづつ何か慣れのようなものを身につけ始めてきたらしい。生意気にも。
俺はもしかしたら弱くなくなるのかもしれない。弱くなくなって、激しく何か訴えたい何かもなくなって、そうしたらその時俺は何を紙に書くのだろうか。「心は熱く、頭は冷たく」とか、って聞いたことあるよね。俺もあるんだよ。無論月並みで無価値なclicheみたく聞こえることはさておいて、小説に関してそういう向き合い方は存外大切なのかもしれない。つまり、心の部分はそう簡単に人って変わらないし、たとえどんなに大人になろうと人の心とは多面的なものである。どんな心にだって過去や記憶や無念や静寂や(ことによっては幸福さえ)同時的に含まれている、と仮説立てたって、それはそう真実を外していることはあるまい。そして創作とは、それを熱の赴くままに形にするーもちろんそういう衝動は言うまでもなく大切なのだけどーだけでなく、それを一人の観察者/記録者としても見つめながら冷静に、技術的に形にしていくことも必要なのではないかとこの頃少し考える。
夜も遅いし、明日睡眠不足で研修に臨むことは既に確定しているけど、これ以上愚かな夜更かしを引き伸ばさぬためにも、この辺で終わりにしようと思う。今の俺に何が書けるのか、今週末とゴールデンウィークに腰を据えてもう少し考えてみようと思う。熱い心と冷たい頭。熱い心と冷たい頭。
I've got an offer mail from an IT company I've been participating in their recruiting process. This is my first time getting an offer from any company, and frankly, it made me ecstatic. It made me ecstatic, for about two seconds, and after that, the feeling of usual life came back in. そしてもう少し心が落ち着くと、どこか鬱々とした感情が、シャツについたシミのように浮き出して、居座った。
Now, that stain on the shirt has spread bigger, and I feel a wierd pain in my back. I hope it will be gone by tommorrow morining, but something assures me it probably won't.
This whole jobhunting thing has been an excruciating stress for me. For about six months straight, there had'nt been a day I didn't worry if I'll be able to get a job at all, if I would'nt end up jobless, die of hunger, alone and miserable. I've met a load of adults in the course of 就活 and a very few of them appeared to me as a decent human being. The other majority were either sadists, narcissists, or complete morons.
就活を通して一つ収穫があったとするなら、それは現代の資本主義社会における独自の言葉の使い方や考え方のテンプレートのようなものを知ることができたことだ。S先輩であればそんなものはクソ喰らえだとか言うのかもしれないが、少なくとも半身をこの資本主義社会の中に浸かりながらとりあえずは生きていこうと思っている僕からすれば、それはやはり、苦しみと自己欺瞞の代償に得た、生活の有用な道具なのだろう。
To be clear, my jobhunting has'nt finished yet. I still have upcoming interviews for two companies and one of them is my first-choice company. I'll try my best with those two companies, but now that I have one 内定, I can confront them without much burden on my shoulder.
明日からは第二章が始まる。そこには異なる苦しみがあり、異なる惨めさが存在しているのだろう。でも少なくとも、俺は多少なりとも自分の苦しみに対する責任を持つことができる。それはまず、苦しみとしては、まだまともな苦しみの部類に入るのではないだろうか。
就活を始めてから三ヶ月が経った。こんなにも辛いとは予測していなかった。辛いのは物理的な作業量ではない。心の方がとても辛い。エントリーシートを書くのに艱難辛苦して、久しぶりに小説を書こうとしたら驚くほどに言葉が出てこなかった。言葉が出てこない。アイディアが出てこない。小説を書くためにこんなにも我慢して就活に心血を注いで、ようやく小説を書こうとしたら何も書けないなんて、そんなのあんまりだ。
あーいやだいやだいやだいやだ。どうして書けないんだよおおおお。俺が何を求めたっていうんだよ。ただ俺は静かに自分の物語を書きたいだけなのに、どうしてそんなことさえ許してくれないんだああ。うううううううう。
何かが固まっているんだ。ちょうど届かない大事な部分で、何かをせっせと固めてしまったんだ。なんて馬鹿らしい。なんて馬鹿な。ああいや。どうすればいい。どうすればいい。僕に光を。僕に力を。自分自身とまっすぐに向き合って何かを語り始める、その必要がある。でもどうやって。でもどうやって。
頭を柔らかくして物事について考えてみてください。いや。物事について考えるというのは幾分固すぎる。頭を柔らかくして。頭を柔らかくして思いを語ってください。大したことじゃなくてもいい。心の奥底を語る必要もない。頭を柔らかくしてただそこにある何かを語ればいい。簡単なようで難しい。難しいようで簡単なことを言っている。
血糖値が落ちている。エネルギーが不足している。血糖値が低いと、意識はぼんやりと薄れて、言葉もおそらくふわりとどこへも届きはしない。だからあなたが真面目ならば、しっかりとご飯を食べて、血糖値を高めて文章を書くことだ。あなたのその高血糖的文章で是非とも世界を変えることだ。
ジムに行かなくなってから2週間ぐらいが経った。結果から言うと、明らかに気持ちが落ちている。全然やる気が出ないし、いろんな側面で自己規律が弱くなっている。
言葉にできないような重石がある。なぜ言葉にできないのかもよくわからない。それでも「それ」の重みは、レンガを乗せたクッションみたく、私(彼)の上にくぼみを作る。
苦しい。(なぜ?)私の上に何かが乗っかっているから。乗り越えないことには語ることはできない。
語ると言うことを試してみる。思考的/試行的実験。海に向かって石を投げ入れるような感覚。しかし難しいのは、ボトンと音を立てて、水に沈んだが最後、その後どうなったかは知る由がない。
留学をして何かを感じた男。その感覚の本質には何があるのだろうか?不毛?不毛とは、どんなにもがいてももがいても、実りがないこと。何を本当には求めているのだろうか?例えば性的な充足が欲しいと言って、彼が本当に欲しているものはなんだろうか?
かたららねば。かたらるららば。かたまるららら。かたまわり。大きく目を見開いてそこで起きていることを記録すること。
「苦しいのよ、わたし。」
「この苦しみから私を守ってくれる、傘が欲しいの。」
「投げつけられる無数の石から、私を守ってくれる傘が欲しい。」
「誰か私を守って欲しいの。そうすればきっと私、ようやく不安から離れて眠りにつくことができる。猫みたいに丸まって、すーすーと寝息を立てて夢を見るのよ。誰にも邪魔されない、長くて幸せな夢。」
「私が言ってることって、馬鹿みたい?」
〈中略〉
「自分で自分に同情をして泣いたことは一度もない。」
「ただ、私が私の話をして、聞いていた相手が泣いたことは何度かある。」
「私としてはもちろん泣かせようなんてこれっぽっちも思っていなかった。それどころか、一体どこに泣くような要素があったのか今でも私にはよくわからない。」
「それでも、その話をした時、何人かの人々はとても美しい涙を流してくれた。どの人も、私のこれまでの人生で数少ない、本当の私を見つけようと真剣に話に耳を傾けてくれた人々だった。」
今も昔も人の話を聞くのは得意ではない。第一に興味が持てないし、第二に面白くない。そもそも自分のことを語るのだって、うまくはできないのだ。〈コミュニケーションの破綻〉。〈関係性の断絶〉。〈自主的な孤立〉。〈エトセトラ〉。
とってもブルー・ブルース。
昨日街にロックンローラーが来たって聞いた?(今日リハーサルをして明日ライブをするらしい)
聞いてない。いいえ。聞いてない。
ブルー・ブルー。ブルース。私とってもブルース。
◎
正直ここ数日はしんどい。厳密に言えば、ここ1週間ぐらいだろうか?
遡ってみればーこれには自分もびっくりしたのだけれどー逗子の短編を書き切ってから多分ブルーな気持ちは続いている。あれを書き切った日、そして次の日ぐらい、不思議な感情に覆われたのを覚えている。自分がカウンセリングを受けていたあの頃に戻ったような気持ちになったのだ。数日経つとその感覚は消えた。でも今度は、Yとデートに行ってみて、面白いほど元気が出ないことに気がついた。信頼している人の前では嘘偽りない姿を出すから、そこで自分がどうしようもなくエネルギーの枯渇した状態であることを悟ったのだ。一人でいるときは、もちろん自然だが、そこに自分を映す鏡のような存在がなかったのではっきりとは気づかなかった。一瞬Yのせいなんじゃないかと訝ったが、UとNと遊びに行って、そこでも最近までの自分の調子の良さが全然ないことに気がついて、ああこれは、と思ったのだ。しかしサーフィンは楽しかった。
それで私が至った結論はこうだ:私はバーンアウトに陥っている。他にもいろいろな解釈ができそうでもあるけど、とりあえずは遠からずといった説明であると思う。私はバーンアウトに陥っているのだ。私は自分の満足のいく物語を書こうと、かれこれ5年ぐらい?(下手したらもっと)苦労してきた。それが紆余曲折あり、たとえ短編ではあっても、完成したのだ。その物語がその物語であるが故の自分への影響とかははっきりとはわからないが、もしかしたらそういった経緯もあって、バーンアウトに陥っているのかもしれない。
ふと気を抜いた時、涙がポロリと落ちてきそうな、そんな無気力感、疲労感である。文章を書くのも、正直少し力がいる。書けないわけではないけど、多少背伸びをして、実際の自分より少しだけ元気のある自分で書いているといった感覚だ。多分無気力な自分のありのままでは文章にならないのだろう。今日の5時からは元バイトの仲間達の飲み会に行く。明日からはバイトを3連勤する。その次の日がYとのデートだ。私、果たして持つだろうか?その次の日は今の所何もないので、その日に一人でサーフィンでも行こうか?
きつい、とってもきつい。正直今日の飲み会さえなければなんとかいけそうな気はする。ああ、私、とっても疲れたわ。